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2012年3月10日 (土)

Ralph Lauren 40周年記念本

1970年代にVANから入った服飾への興味は1980年代に入って第1次インポートブームがやって来ると、ご多分に漏れずブルックスやポールスチュアート、ラルフ・ローレンへと広がっていった。ところが当時の商品はライセンスものが多く、店員は「日本の物の方が質が良いです。」と言うがやはり本物が知りたい。思い切って初めてのニューヨークを訪問したのが1990年。その後はほぼ毎年のようにアメリカ、中でもニューヨークに必ず出向いてはトラッドの名店に足を運ぶようになった。

中でもポロ・ラルフローレンは一番影響を受けた。商品よりもその背景(ライフスタイル)が感じられるイメージ広告を見るうちに、身に付けるものから食器やファブリック、家具までとあれこれ買い込んだ時期もあった。それほど影響を受けた広告だったが当時のカタログが中々見つからずにアマゾンを検索。ようやく手に入れたのが洋書”Ralph Lauren”だった。そこで今回は手元に残る当時のアイテムとともに、本の中の広告や思い出を振り返ってみようと思う。

1.ラルフ・ローレン ブック

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分厚い本は創立40周年を記念したもの。同じ中身でアリゲータ模様のボックス付のデラックス版もあったらしい。最近原宿店を訪問、テーブルに置かれていたこの本を見て懐かしい広告が載っていたので資料用にと購入。アマゾンで新品が約3000円で買えた。ところが今日見たら既に在庫切れで出品者からだと一気に1万円以上になっている。物には買い時があるというのは本当のようだ。写真のテーブルはアンティーク、ランプはリプロダクツだがどちらもラルフローレンに影響を受けて購入した英国製。ポロジャパンの案内で英国製アンティーク家具の販売会に出かけたことさえあったが今では懐かしい思い出だ。

2.イメージ広告

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多くの人がそうであるように、初めて購入したのはポロポニーの刺繍入りのポロシャツだった。当時の広告をみると山高く積まれたポロシャツの写真が幾度となく出ていくる。また襟付きのヴェストもよく掲載されていて、こちらも随分と影響を受けた。他にはフェアアイル柄のヴェストとツィードジャケットを重ね着して(ウィンザー公がルーツだろうか)フライフィッシングに興じる紳士やチェストの下に今脱いだかのように置かれたアリゲータのスリッポンなど、記憶に残る広告が沢山ある。

3.ポロ・ラルフローレンのポロシャツ

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ポロの広告に載っていたポロシャツは新品ながら洗いざらしの雰囲気が漂う、如何にも着心地の良さそうなものだった。襟元のネームタグのすぐ下に付くメイドインUSAのタグを見るにつけ、国内のポロシャツとの違いを感じて、いつしかアメリカに行く度にアメリカ製のポロシャツを買うようになっていった。当時既にシャツ類は殆どが新興国で作られていたが、ポロシャツは1990年代終わりまでアメリカ本国で生産されていたと思う。最後に購入したのが丁度海外駐在を終えるその頃だったこともあってよく覚えている。

4.ポロシャツのタグ

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①はマディソン本店で初購入のポロシャツ。ラルフ・ローレンネームはレディス用と思われているがこれは男性用。オーセンティックラフウェアと記されている部分がドライグッズに代わってその後のポロカントリーになる。②ローマのセレクトショップで購入。欧州向けのタグはアメリカ本国物とはかなり違う。③定番のタグ。広告に出てくるものは殆どがこのデザインになっていた。④1993年発表のアメリカ製ポロスポーツ。現在はRXLネームに移行し、製造国は中国が中心になっているようだ。⑤1995年発表のRRL製ジップアップポロ。ユーズド感たっぷりの加工は古着を追求するRRLならでは。⑥定番のポロと同じファクトリー製(おそらく)のRRLポロシャツ。

5.ドレスシャツとネクタイ

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ポロシャツ同様高く積み上げられたシャツもポロの広告によく出てきた。定番のポロ・レーベルは当時からNIES製が中心だったが、英国製のシャツがパープル・レーベルから出された時は早速購入したものだ。残念ながら現在はイタリア製へとシフトしまっている。一方ブランド出発のアイコン的存在のネクタイはメインのポロ・レーベルが長らくアメリカ製に拘っていたがこちらも近年イタリア製になってしまった。アングロ・アメリカンスタイルのラルフ・ローレンは今や中国とイタリアが支えているのが現実である。

6.ブルータグのシャツ

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ポロ・レーベルのシャツは東南アジアが主な生産国でマドラスチェックのものなどはインド製だった。不思議なことに時々同じドレスシャツの中にアメリカ製のものが混じっていることもあった。どうやら最初の少数ロットをアメリカで生産、その後同じものを大量に新興国で生産していたようだ。サックス5thアヴェニューでは平場にシャツが置かれていたのでわざわざアメリカ製の物を選んで購入したことも懐かしい思い出の一つ。その後1994年頃になるとイタリアの手縫いシャツがワードローブの中心になり、次第にポロのドレスシャツはクローゼットの奥にしまうことが多くなっていった。

7.ポロ・ラルフローレンのスーツ&シャツ

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ソフトスーツ全盛の1990年代にあっても、ポロのスーツは他と一線を画すクラシカルでエレガントなものだった。吸いつくようにうなじへと登る上襟とソフトに折り返る下襟。「本バス芯を使っている」と言いながら店員はラペルのロールに対するブランドとしての拘りを丁寧に説明してくれた。センターボタン付近に目を移すと強い絞りの入ったウェストと深いVゾーンが目に入る。誰にでも受け入れられるように作ったブルックスのサックモデルとは対極の着る人の体形を選ぶスーツ。それこそがポロ・スーツの魅力だ。20年近く経ったが、太めのトラウザーズの復活とともに久しぶりに着る機会が戻ってきそうな予感がする。

8.Vゾーン

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故林勝太郎氏は本の中で「鎌襟がラルフ・ローレンのスーツの特徴」と書いていたが、鎌襟とはよくいったもので、確かに首周りに吸いつき体全体をぴたりと包む上襟はポロ・スーツの特徴になっている。ライトグレーのストライプスーツにブルーのエンドオンエンド地のクレリックシャツ、これにライトグリーンのネクタイの組み合わせは淡いトーンの組み合わせだが新鮮に見える。いつものリネンポケットスクェアを3ピークで挿してみた。靴は黒も良いがポロの広告ではタバコスェードの紐靴を合わせている。

9.パープルレーベルのシャツ

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上の2枚は1995年のパープルレーベル発表から暫く経った頃のシャツ。どちらもメイドインイングランドでスプリットヨーク、ガウントレットボタン有。クレリックシャツの方はダブルカフの部分が白ではなく身頃と同じ生地というラルフ・ローレンらしい拘りのあるもの。一番下の1枚はメイドインイタリーになってからのもので、価格も一段と上がった。もっとも着心地は英国製の頃のものの方がなぜか柔らかな着心地でどちらかというと好みだ。

10.パープルレーベルのスーツ

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発売から間もないころのパープルレーベル。アメリカ製のスーツからイギリスで最も有名な高級手縫い既製服のメイカー、チェスター・バリーが縫製を請け負うようになった。生地はパープルとグレーのストライプがオルタネィティブに入ったラルフ・ローレンらしいもの。スーパー130’sでカシミヤ混の生地はしなやかでパッカリングが起きるほどデリケートだ。初めて袖を通したパープルレーベルのスーツはどこか懐かしい気がしたが、よく考えるとそれよりもずいぶん昔にハケットのチェスター・バリー製スーツを試着したことが記憶に残っていたからかもしれない。

11.ショップアシスタントによるコーディネイト

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スーツを買うに当たって、店員にシャツとネクタイのコーディネイトをお願いした。「ハードチョイス」などと言いながらシャツとネクタイをあれこれスーツに合わせ、選んだのがスーツのオルタネートストライプの両色、パープルとシルバーグレーを拾った組み合わせだった。やや赤みがかったパープルのエンドオンエンド生地のシャツとシルバーのピンドットタイの組み合わせはロンドンで見かけたバンカーストライプのビジネスマンにも似たコーディネイトで白のシャツを合わせたくなる日本人には新鮮な合わせだ。

今では昔のようにラルフ・ローレンのショップに足繁く通うこともないが、銀座に日本初の路面店が出来て、その後立て続けに原宿、鎌倉、神戸と出店が続いた頃は全てのショップに行ってみたこともある。原宿クエストビルの上階で開催されたポロのファッション・ショウを参観したり、鎌倉店の上にあるポロ・レストランにも立ち寄ったりとラルフ・ローレンの世界を楽しませてもらった。アメリカやヨーロッパを訪れるようになってもポロショップを見つけては色々と買い物をしたことが懐かしい。

ポロ・ドットコムを見るとアメリカでは相変わらず優雅なイメージを演出しているようだが日本では路面店は原宿1店舗になり昔とはだいぶ違う。時代の流れに逆らえなかったのか、最初は出店しなかったアウトレット・モールに店を構えるようになると更にイメージも変わる。今やアウトレット店にはアウトレット専用の商品が大量に並びファミリーブランドのようだ。それでも昔のアイテムは捨てないし、掘り出し物を探して購入することもある。創立40周年の記念本を見ながら、昔ほど熱烈ではないが未だにラルフ・ローレンのファンでいることに改めて気付いた。

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コメント

素晴らしいです。ラルフローレンの服は、高くて買えませんでした!買えないわけをラルフの上着(スーツ、ブレザー、ジャケット類)はダーツが入ってる本当のトラッドはダーツではなく脇癖で絞るのが本物だと!言い訳しておりました(若さのいたりとは言えお恥ずかしい!)そんな私が17年前厄入り(男の厄はかぞえの40歳)おしゃれな母がJプレスの30年モデルをお祝いに買ってくれました。表示されているみたいに襟付きのベストが付いたパンツはベルトループなしのアジャスター付のサスペンダー専門のパンツいつしかラルフローレン党の熱心な党員になってしまいました。まだまだRLには多くの思い出ありますよろしければ、あと3~4回位書き込みさせてくださいますでしょうか?

浦野亮祐様

早速のコメントを有難うございます。

17年前のエピソード、心温まるお話でした。本家のJ.プレスでは今年110thアニバーサリーということで限定品を販売しているようです。

なんといってもラルフ好きの方との意見交換は楽しいものです。どうぞ浦野亮祐様の思い出など色々とお聞かせ下さい。

こんにちは。私もラルフローレンの広告が大好きなので、楽しく拝見させて頂きました。
こちらの書籍、私も購入しておりました。本当に大きくて重い本ですよね。でも時々気が赴くままにページをめくると、日々の慌しさを反省し優雅な気分になれます。昔のカタログを手に入れるのはかなり困難なのでこの本はラルフローレンファンには嬉しい限りです。昔、渋谷西武だったと思うのですが、ラルフローレンの広告写真展のようなものをやっていたのを懐かしく思い出します。
書籍繋がりですと、リッキーローレンの料理を中心としたカントリーライフの本や、ラルフローレン氏の自動車コレクションのスピード、スタイル、アンド ビューティも持っていますが、特に後者が好きです。あとはウィンザー公のサザビーズオークションカタログも素晴らしいと思います。
しかし管理人様は昔に購入されたものをきちんと保管されてらっしゃる様で、感服致します。

お言葉に甘えまして(そう、言いながら常に甘えっぱなし)ですが!長崎市に浜屋と言う百貨店あります。岩田屋の系列です。そこが平成の世になって(たしか1990年台後半)ポロショップをオープンすると行きつけのリーガルシューズ長崎店(6年前に廃業なされました)の店長(経営者)から連絡ありまして、長崎県の空の玄関口、大村市の現場から駆けつけました。現場での私の定番の(貴兄ご存じのニッカパンツに地下足袋)で浜屋デパートのオープンのショップで場違いな恰好してるんんでショップの人が変な顔で見ましたがリーガルシューズの店長がここに飾ってあるポロの靴(これは、当社、日靴の作品だ連れの人は正直場違いの恰好なされてるがポロの靴沢山所有しているんだ!)と言ってくださいました。そしてクロコのシステム手帳(たしか上代12~13万円だと記憶しておりますが飾ってありました。そこでリーガルシューズの店長がこの手帳はおそらくポロショップのオープン専門の為のデスプレーじゃないの?と尋ねるとまさしくそうです!と返事がありました。長ったらしいわりには冴えないコメントでした。すみません、あと3回書き込みさせてくださいませ

Takuさん

コメントを有難うございます。

ラルフ・ローレンが好きな方とこうして話のやり取りができるのはとても有難いことです。

Takuさんもお買い求めになった40周年記念本、確かに重たくてしょっちゅう見る気はおきませんが、何かの拍子に見るときこなしの参考になったりしそうな魅力が詰まっています。

それとTakuさんお勧めの本もアマゾンで購入する際したに出てくる「この本を買った人はこんな本にも興味を持っています」の欄で紹介されていてよさそうだなと思っていました。情報を有難うございます。


ラルフの昔の服はだいぶ処分したのですがそれでもまだまだクローゼットの奥深く眠っているものがたくさんあります。近いうちに続編で紹介いたしますので、その時はまたお立ち寄り頂けますと幸いです。

浦野亮祐様

昔全国各地のデパートに積極的にポロショップを展開していた頃のことを懐かしく思い出しました。

長崎のポロショップの開店に贔屓にしていらっしゃるリーガルショップの店長さんと出向かれた時のお話、楽しく読ませて頂いています。

当時、ポロショップの店内に飾られているものは全て売り物だと聞いたことがありましたのでディスプレイされている靴用のシューツリーをわざわざ買ったこともあります。

浦野亮祐様がご覧になったクロコダイルのシステム手帳もRLならば大いにありえそうなアイテムです。確か他にも写真立てやウォレットなど色々あったと記憶しております。昔のことを私も色々と思い出してきました。

御丁寧な返信ありがとうございます。仕事柄ネクタイを締める機会が少ない私ですが唯一締めて結び目部分(テンプル)と申しましょうか頻繁に使用したのか擦り切れてしまったネクタイがRLのクレスト&レジメンの紺色のネクタイです。IVYを始めてからはVANをはじめクリケット、たしか菱屋だと思いますがジョージケントなどばかり締めておりましたが、家族を含め海外旅行の際免税店でグッチ、エルメス、フェラガモなどインポートのネクタイに興味が湧いてたころ(外国のは本当に発色が綺麗でしたもんで)そのころ母が韓国に行った際RLのネクタイをお土産に買ってきてくれました。日本では先に述べました菱屋がライセンス生産してあり小剣に菱屋の文字が控えめながら記載されておりました土産のネクタイには同じ場所にハングル文字が記載されていたのを思い出しました。発色の綺麗なインポートよりもシックなトラッド色が感じるこのネクタイ今にして思えば本当にすきだったんでしょうね!

浦野亮祐様

私もクレストタイは生地のハリとコシが強いものが多く、頻繁に締めているうちに擦り切れたりすることが多いと感じていましたので納得のお話でした。

海外旅行中はそれぞれの国でラルフのアイテムを必ず買うようにしていましたが、ハングル文字のラルフローレン・ネクタイは残念ながら所有していません。それをお母様がわざわざお買い求めになられてお土産にして下さったことをお聞きしてさぞ素敵なご家族の間柄と想像しています。

当時からイタリアのネクタイは発色が綺麗で、それに比べるとトラッドのものは同じ赤でもややくすんだものが多く、それがまた魅力の一つでもありました。

本来ならばラルフに関して書き込むのが本意ですが今回は素敵な返信(母、家族関係)を、御誉め頂きました事に関して、ありがとうございました!たいへんな、おばーちゃん子であった姪、私の姉の娘に、昨年素敵なブログにヒットさせて頂いた。その上にたいへんにおばーちゃんを誉めて頂いた事を連絡いたしましたらさっそく見てみるとの事
姪も大のラルフローレンのファンきっと喜ぶことでしょう

浦野亮祐様

当ブログをご紹介頂き有難う御座いました!

ラルフローレンファンとのことですので、少しでも読んで頂ければ幸いです。

素敵な返信、ありがとうございました。さて全国のポロショップの事で先に記載されておりました鎌倉の若宮大路にありましたポロショップ行った事あります。大の歴史ファン(日本史)である私は真田博之が主役で足利尊氏を、そして楠木正成演じたのは武田鉄弥だったと覚えております。そんな歴史を描いた太平記の地、鎌倉を訪ねた時でした雑誌で拝見し言ってみました。たしか三階はよく覚えておりませんがジョウジレイとか言うレストランでなかったでしょうか?翌日は京急の遊覧バスで鎌倉を探訪いたしました古都鎌倉にはすんなりとRLの店が溶け込んでいたこと鮮明に覚えております。

浦野亮祐様

そうそう、確かに名前が「ジョージ&レイ」でした。鎌倉店には湘南の海が近いこともあってマリンルックのアイテムが充実していると当時のメンクラに書かれていたような気がします。

最近若宮大路を散策しましたがどこにポロショップがあったのかもう分からなくなってしまいました。歳月は町並みだけでなく少しずつ記憶も変えていくようです。

何時もながら御丁寧な返信感激いたしております。先に述べましたようにたった一度ですが京都の公家文化に対しまして、質実剛健な武士文化に接するのも鎌倉の良いところだと思い出しました。業界の旅行で2泊3日の行程で、羽田に着いて貸切バスに乗り最初の目的地鎌倉に出発の際運転手とガイドがどの道を行ったら早く着けるかとと話していましたので(他のコースより国道1号線を行ったほうが早い!)と言って1号線を走ったら予定時間を15分ほど到着ドライバー、ガイドがビックリしてました!業界の人からも、島原の方言で(浦野さん、あーたはこっちにおらしたとですか?標準語に直しますとあなたはこちら、首都圏にいたのですか?と言われました正直嬉しかったですねすみませんまた脱線いたしました。次回はポロのシューズ袋に関して書き込みします。

浦野亮祐様

鎌倉訪問時の皆様との楽しいひと時が思い浮かぶ話を有難うございました。

鎌倉は電車でしか言ったことがありませんが、この前初めてバスで出かけました。狭く細い山道が多い割に交通量も多く、渋滞しがちな場所だと思いました。

そんな鎌倉で、初めて出向かれて予定時刻より15分も早く着いたのですから、皆様さぞ喜ばれたことと思います。

鎌倉では翌日、京浜急行のバスに乗るため駅に行ったら一人の御夫人がジーンズ生地のスカートを着用なされておりました。なんの変哲もないプレーンなスカートでしたがバックには、ポロのロゴが入った革製のタグが縫い付けてありましたさすが文化人が多く住みリッチなお方が多い町なんだなと思いましたこれもラルフローレンあってのものでしょうか?

浦野亮祐様

確かに鎌倉とラルフ・ローレンはマッチする思います。革のパッチのついたラルフローレンのデニムスカートと聞いて、懐かしさがこみ上げてきます。

確かそのデニムスカートに青地に白ストライプのワイドスプレッドを着て接客してくれたラルフのNY本店の女性店員を思い出しました。

さすがですね!管理人さん。私は年に2~3回上京するのがやっとですがNYの本店のお話、恐れ入ります。また話はそれてしまいますが鎌倉に行った際福岡より夜行バス(博多号)で上京して鎌倉に着いたら足がパンパンに腫れてしまい駅近くのリーガルシューズ(日靴直営)に行き、スニーカーを選んでいましたら布製のビットシューズ(たんなるスニーカー)を差し出されました。バーゲンで約、半値でした。前年にリーガルニューライフという本に(感激です浦野さん)というコーナーに写真つきで登載させて頂いておりましたので本に載った私がバーゲン品を買ったとわかったら笑われる正貨のやつを買うといったら鎌倉は坂が多く楽な靴が良いですよ浦野さんがバーゲン品かったからとは誰にもいいませんからねと言われた事鮮明に覚えております。これで鎌倉は終わりです。次回からRLに戻りますご清聴ありがとうございました。

脱線を戻し本縁に入稿いたします。前にも述べましたが上着だけはどうしても①型が好きでRLはパンツ、ポロシャツなどあまり高いのは持っておりません。しかし靴は好きで一応RLは1ダース以上所有しております。日靴制作の靴はグリーンにタッセルが付いた袋が付いておりました 昨年岩田屋のポロショップで購入いたしました、ローファーヴァンプ部分がリネンでローファー部分と全体はブラウンの2素材、2色コンビローファー(イタリー製にしては偏平足の私にもピッタリの2Eでした)には付属してはおりませんでした。本当に上品でして友(同じトラッド好きでマジシャン)にこの袋とブリコレ、黒のリーガルの袋手品のネタ入れにつかってと差し上げましたらたいへんに喜んでくれました。私も小物入れにしようしております。先日述べました小倉のVANショップにデスプレーしてあるRLの靴に付いてる袋を行きつけのホテルの女性従業員(すごく美人で感性高い!)に差し上げますとたいへんに喜んでくれました。化粧品いれるのに最適だそうです。

浦野亮祐様

日本製靴のラルフローレン、仰るとおり、革製のタッセルが付いたひもで縛るタイプの巾着型シューバッグが付いておりました。中央に革でポロ・ラルフローレンの刻印があるものだったと思います。

最近は上級の靴はRALPH LAURENの名前になってしまい、紺色に金文字だけのつまらないもの(本国では)です。

靴もある程度増えてくると、シューバッグの収納を考える必要があります。私も一度小物入れに使ってみたことがありますが、意外と便利で、それ以来海外に行く時は種類別に小物を分けて入れるのに使ったりしていました。

シューバッグが女性に喜ばれるというのは盲点でした…。

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