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2011年1月 7日 (金)

フォーブルサンタントワーヌ74番地No.2

節目の2000年を思い返してみると色々なことがあった。当時の記録を見ると、夏のバカンスは最初にウェブサイトを通じて知り合った友人とノーザンプトンはエドワードグリーンの工場を訪問。その後ユーロスターでパリに入りジョンロブのビスポーク2足目を受け取ってロンドンに戻り、フライトでローマに移動。ミコッチでシャツをオーダーした後、フィレンツェまで足を延ばしリヴェラーノで服を、ボノーラで靴をそれぞれオーダーして再びロンドンに戻っている。更に冬のバカンスではミラノに出向いてメッシーナの完成靴を受け取り、パリに移動してエルメス本店奥のジョンロブを再訪、3足目を注文して2001年のカウントダウンをシャンゼリゼの大通りで迎えたと記されていた。

今思い返すと、2000年末に注文したジョンロブの3足目が3か月後の2001年3月に出来上がることの方が不思議で、ビスポークアトリエとのやり取りを話半分に留めておくべきだったかもしれない。ただ、この時はミラノとフィレンツェに行く用があり、それに合わせてパリ訪問を計画していたこともあって、ジョンロブ・パリに製作を急がせた形になってしまった。

結果は前回述べたように、ビスポーク3足目を受け取ることはできなかっが、それ以上にビスポークアトリエの訪問という大きな収穫があった。第2回目となる今回はクロージングセクションから紹介してみようと思う。

John Lobb paris bespoke atelier tour in 2001 Spring

11 クロージングを待つ靴のアッパーパーツ

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クロージングセクションに積まれた注文靴のアッパーパーツ群。1足毎にケースに入れられ、仕様書とともに縫い合わされるのを待っている状態だ。手前の靴は見たところローファーのようだが如何にも上質そうな革を使っている。デュプイあたりだろうか。どれだけ注文が入っているのかはよく分からなかったが、アトリエのスペースに比べると作っている靴の数はそれほど多くない印象を受けた。

12 スキンステッチ

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ノルウェジアンダービーのスプリットトゥ部分に裏から針の穴を開け、スキンステッチの下ごしらえをしているところ。ウェストンのハントダービーとよく似た作りで、ノルヴェジアンウェルトの比較的ごついモデルだ。以前、つま先のスキンステッチをデパートの英国フェアで来日した、エドワードグリーンの職人がデモンストレーションで行っているのを見た。その時はイノシシの毛針で縫っていたが、ジョンロブパリではこの後どう縫うのか見届けられなかったのが残念だ。

13 ロペスのモカ縫い(その1)

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ジョンロブ・パリの代表的なモデル、ロペスを誂えで作るとエプロン部分はこのように縫われることになる。まず既成のものよりずっと細かなピッチで縫い込まれている。既成のロペスはクロケット製の場合はマシン縫い、自社工場の場合は摘みモカ縫いで、このようにエプロン部分を被せて縫い込んでいくのは(拝みモカに近い感じか)ビスポークならでは。一縫いごとに縫い目を締めているようだった。

14 ロペスのモカ縫い(その2)

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針を入れて糸を通しているところ。右手の人差し指に嵌めた指ぬきはモカ縫いが力のかかる仕事だということを示しているようだ。この指ぬき、金属製や革製など色々あるようで、昔、革のジャケットの綻びを縫う時に針が中々通らず、裁縫道具の中にあった指ぬきの世話になったことを思い出した。モカ縫いを担当する職人にとっても大切な道具の一つかもしれない。

15 完成したロペスのモカ縫い

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面白いのがボートのオールのような形をしたへらに乗せてモカ縫いをするところだ。それとエプロン部分とタンが1枚革でなくわざわざサドル部分で縫い合わされているところだ。こうした方が甲にフィットさせやすいのだろう。ノルウィージャンダービーやロペスのようなローファーはエプロン部分のステッチが靴のチャームポイントになる。特にこうした手仕事が見えるスタイルが大好きなこともあって、ロペスのビスポークにも魅力を感じている。

16 パーツの下処理

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靴を縫い合わせる前の下処理も大切な仕事。革同士を重ね合わせる部分を予め丁寧に梳いて薄くしておく。更に重ねた時上になる部分の断面も着色しておくことで縫い合わせた部分が目立たなくなる。ロンドンで働く靴職人にジョンロブの誂え靴を見せたところ、踵部分の縫い合わせの処理をいたく感心していた。それで思い出したのだが、ロンドンで注文した黒のサイドエラスティックシューズのエラスティック部分、丁寧に縫い付けられた細革のカバー断面もジョンロブ・パリのように下処理をして貰えないのだろうか。足を入れてエラスティックのカバーが広がると革断面の白い部分が一気に見えるのが気になってしかたがない。

17 完成したアッパー

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パトリスが手にしているのが完成したばかりのアッパー。既成ではプレステージモデルのジャーミンと同じスタイルだが、誂えのカタログでは”BALMORAL A BUCKLE”となっている。この後、先芯や月形芯と共にインソールに縫い込まれていくのだろうか。踵部分は見えないが、既成のジャーミン同様シームレスヒールなのではないかと思う。この段階でかなり光沢のある黒革。中々質もよさそうだ。

18 インソールとフェザー

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かなり厚い革に切り込みを入れてフェザー(リブとも呼ばれる)を興したインソールをラストにつけた状態。釘ではなくステープラー状の針で前・中・後の4か所を留めている。インソールはロンドンの靴メイカーと比べるとかなり厚く見える。ジョンロブ・パリの靴がソリッドに感じるのはこうした部材の頑丈さがあるからなのかもしれない。そういえば、エルメス本店でオーダーした時、ビスポークサンプルにあるダブルソールを見て職人が「ソールはシングルの方が良い、ダブルは硬すぎる」といったことを思い出した。

19 掬い縫い

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360度の掬い縫いを行っているところ、アーチ部分からスタートして、踵部分を先に縫い、一周して再びアーチ部分までウェルトを掬い縫いしていく。アッパーはカバーが被せられているのかよく見えないがダブルウェルトであることを考えると、カントリースタイルの靴ではないだろうか。驚いたのはパトリスも含めて、職人の年齢が若いということだ。ここは後継者問題に苦しむ職人の世界とは様子が違うようだ。

20 チャンネルの仕上げ

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出し縫いの後。これから革を被せて縫い目の見えないアウトソールに仕上げるところだろうか。手に持っているのは動物の骨のようだ。ジョンロブ・パリのアウトソールは頑丈で、その分履き始めの返りが少なく、慣れるまで時間がかかる。ジョンロブ・パリが「柔らかく仕上がる。」と書いたのは加藤和彦氏だが、それはデザインやフォルムのことであろう。履き心地はその逆で、ロンドンのビスポークメイカーの方が断然柔らかい。

ジョンロブ・パリのアトリエではゆっくりと時間が過ぎていった。誰にも、何物にもせかされることなく、各セクションが一つ一つの工程を確かめながら進められているようだ。「最良のものをそれを求める人に」提供しようとする姿勢が強く感じられた。価格は結果であって、「最高の物を追求する職人」が作り出すものが欲しいかどうかだけが問われているのかもしれない。

最後に完成した靴から10年が経とうとしている。その間ロンドンのビスポークに親しんできたが、今年は久しぶりにパリに戻ってジョンロブで靴を誂えようと思っている。その時はフランソワプルミエのブティックではなく、エルメス本店の片隅にあるジョンロブコーナーに行くつもりだ。

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