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2011年1月 5日 (水)

40pairs live in history(後世に残す40足)  第3回

VANで育った世代ならば1度はリーガルの靴に足入れしているのではないだろうか。最も古いリーガルのウィングチップは1980年頃のものだから既に30年は経過している。インソックは油分が抜けて紙のようになっているが、靴本体はまだ現役だ。昔は外国の靴を買うことなど考えたこともなく、リーガルで十分だと思っていた。それでも1足だけ外国の靴を買ったことがある。アメリカのトニーラマだ。ウェスタンブーツが欲しくてリーガルの何倍も出して購入したことを思い出した。当時の日本のウェスタンブーツは本物とはかけ離れていたので、どうしても本物が欲しかったのだった。

ラルフローレンのスーツを着るようになって、日本製靴(リーガル)のライセンスによるポロネームの靴を暫く履いていたが、1980年代に入って欧米に出かける機会が多くなると、本場の靴を少しずつ知るようになった。ベッドに入るまで靴を履き続ける国の靴は日本にとって本場の靴。堅牢さだけでなく、履き心地やデザインなど今まで履いていた日本の靴とは随分違っていた。そうなるとトニーラマの時と同じように本物の靴が欲しくなる。「後世に残す40足」第3回は本場の靴、本物の靴を知った頃の事を交えながら当時の靴を紹介しようと思う。

No:17  Church's Fairfield last#73 especially for Beams

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1980年代、靴を靴屋で買わずにセレクトショップで買うのが普通になっていた。ビームスが今よりずっと小規模で原宿に2軒しかなかった頃、ビームスFに顔を出しては英国靴を買っていた。その中の1足がこのチャーチズのフェアフィールド別注だ。本来#81のラストをビームス側のリクエストで#73に変更したようだ。ビームスに限らず、その店でしか買えない”別注品”があるのがセレクトショップの魅力だった。購入後、随分履いたがクレープラバーのソールは丈夫で、今後も張り替えなしに現役を全うできそうだ。それでいて履き心地は快適でスタイルも良く、本場の靴の素晴らしさを教えてくれた。インソール下、BEAMSの文字が別注の証。時代を映す1足だ。

No:18  Opera pumps exprssly made for Ships by Crockett & Jones

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1990年代中頃、海外駐在用にタキシード一式を揃えた。オペラパンプスを探したが、どこを探しても仮装用の派手な雰囲気が漂うものばかりで困っていた時、頼りになったのはまたしてもセレクトショップだった。銀座(たぶん)のシップスで見つけたのが黒カーフのオペラパンプスだった。靴墨を必要としないパテントレザーこそ本式で、その理由がエスコートする女性のドレスを汚さないためだと聞いてはいたが、カーフを選んで良かったと思う。最近はあまり履く機会がないが、来年はパーティを企画して履く機会を作ってみようかと考えている。

No:19 Tricker's Keswick made for Ships

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渋谷のミュージアムフォーシップスで購入したトリッカーズのケズウィック。最も円高に振れた頃、4万円を切った値段で店頭に並んでいたはずだ。シップスは当時ウェストンが唯一買える店としてセレクトショップの存在感を示していたが、他にも色々な靴を扱っていて覗くことが多かった。トリッカーズの中でもこのカントリーシリーズは好き嫌いが分かれるデザインだが、こんな靴が欲しいと思った時に大抵扱っていたのがシップスだった。さて、このケズウィックだが、踵のカーブがストレートに近く抜けやすい。それでも独特の存在感があって、昨年の秋冬も活躍してくれた。

No:20 Semi brogue "Aldgate" made for "Bark" by Crockett & Jones

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メンズEXの前身ともいえるビギンが、本格英国靴としてクロケットジョーンズの特集をした頃、ロンドンはバーリントンアーケードにあるカシミヤショップ、”バーク”で購入したセミブローグ。セレクトショップ程ではないが、ロンドンでもちょっとした洋品店にこうした別注品が置かれていることがあって、珍しく靴屋以外で靴を買った。今のクロケットでは考えられないほどショートノーズだが、ハケットのような裾幅の狭いパンツスタイルにはちょうど良い大きさだった。タバコスェードの色目が好きで、その後随分同じ素材の靴を購入した。

No:21 Pousen&Skone Unlined chukka boots by Crockett & Jones

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ポールセン・スコーン。ビームスといえばこのちょっと変わった名前の靴をすぐに思い出す。シップスのウェストンに対して、ビームスは英国靴や米国靴に力を入れていた。本国ではニュー&リングウッドの名前の方が有名で、何型かをエドワードグリーンが供給し、他の多くをクロケットが請け負っていた。中でもこのアンラインドチャッカは柔らかな履き心地と細身で絶妙のラウンドトゥが気にいって、何回も海外旅行にこれ1足で出かけた。あまりの使用頻度に2度の洗靴とヒールの張り替えを行ったせいか最近は形が崩れてきたが、ペディウェアで同じラスト#200のアンラインド「チャッカ」を後継として購入した。それほど良く出来た靴ということだ。

No:22 John Lobb Cottage line "Rockey" for United Arrows 

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3大セレクトショップの最後、ユナイテッドアローズはビームスやシップスより後にできたこともあって、靴はエドワードグリーンが中心、後にジョンロブを扱うようになった。2010年12月で閉店した有楽町の西武にユナイテッドアローズがインショップを構えていた1995年、限定品のブーツということで購入したのがこのロッキー。素材の色も白のステッチも洒落ていて靴墨で染めるのが嫌で無色の靴クリームだけで手入れしてきた。お蔭で褪色しているようにも見える。パラブーツ製ということで得意なノルウェジアンウェルトで仕上げ、ジョンロブ専用のラバークレープソールを装着している。ハードな外観に反比例する類稀な履き心地の傑作ブーツ。

No:23 Gresham made for Foster & Son by Edward Green

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このところ中々履く機会がなく、迷っていたがビスポークで世話になっているフォスター&サンの初めての靴なので後世に残すことにした。購入は1991年冬、ウィンドウディスプレイを見て買いに入ったもの。日本ではセレクトショップで靴を買うことが多くなっていたが、ヨーロッパでは靴は靴屋で買うのが当然だった。(この辺りに、日本と欧米の靴に対する文化の違いがあるような気がする。)ジャーミンストリートのフォスターは今も昔も、良くも悪くも「入り辛い」雰囲気があるが、この時の客は自分一人、店員も一人ということで、随分時間をかけて満足のいく買い物ができたことを思い出す。

No:24 Tricker's Stow country boots

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盛んにセレクトショップ巡りをしていたのも1995年頃まで、海外駐在から帰国するとノーザンプトンに盛んに通うようになる。トリッカーズのファクトリーで購入したブーツはStowと呼ばれるモデルでダイナイトソールを装着したタフな1足。そういえばファクトリーの入り口は最初に訪れた時は通りに面した方だったが、次からは裏に回るようになっていた。ブーツを買って外に出ようとすると、ちょうど昼食を買いに出るトリッカーズの社員と一緒になった。彼がトリッカーズのセールスで何回か日本を訪れた時のことやセレクトショップの名前、日本の名所など色々と話しながらノーザンプトンの中心街まで同行した。靴の値段は忘れたがちょっとした人との出会いはいつまでも記憶に残る。物より人、大切なことかもしれない。

舶来の靴が高価だった時代から身近になり、やがてセレクトショップがセンスで集めてきた輸入靴を売るようになった1980年代は本物の靴に巡り合えた良き時代だった。その後ロンドンやパリ、ミラノやローマ、フィレンツェに出向き、様々なものを誂えるようになったが、そのきっかけとなったのもセレクトショップとの出会いが深く関わっている。今は以前ほど足を運ぶこともなくなった。嗜好が変わったせいもあるが、まだ見ぬ本物に出会うことがなくなったということもある。セレクトショップも変化の時を迎えている、そんな気がした。

次回はラテンの靴を中心に「後世に残す40足」第4回を紹介したい。

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コメント

あけましておめでとうございます。
アーカイブ40足、楽しみに拝見しております。
リーガルについての記述がありましたが、
日本人であればやっぱりリーガルははずせないと思うのですが・・

日本人のアイデンティティー(笑)が問われる今日、
日本製の既成靴についてはいかがでしょう?
「後世に残す価値」は如何?

ぢんたさん

明けましておめでとうございます。

リーガルすなわち日本製靴の靴についてはポロのライセンスを一番多く所有し、履いていました。1980年代、当時アメリカ本国のポロはウェルト靴をクロケット&ジョーンズに依頼していましたが、日本では日本製靴のライセンス品を展開していました。ブティックやデパートのインショップでこうしたライセンス品を買って毎日履いていた頃の事を足はよく覚えています。

日本製靴は最近ニュー&リングウッドの既成靴の一部も手掛けているので、当時も実力のあるファクトリーだったのでしょう。しかしながら、1990年代、クロケットによるポロの靴を手に入れ履いてみると、日本製靴によるポロのライセンス靴よりも、全てにおいてクロケットの方に一日の長があることが実感できました。

その後日本製靴の靴を買うこともなくなり、比較する機会を逸していますが、2011年を迎えた今、ぢんたさんならばクロケットの靴と日本製靴の靴を比べるとどのような印象をもたれるでしょうか?

現在最も古い靴はリーガルのおかめ靴ですが、これから後世に残る素晴らしい日本製の靴と出会えるまで、日本代表のリーガルを大切に履き続けるつもりです。

おっしゃる通り、セレクト、百貨店、メディアまでが申し合わせた様な品揃えで個性的な店は減りましたね!80年代半ば京都で学生時代を過ごし、当時、京都のトラディショナル・フットウェア・コレクション(セレクト・ショップ)に頻繁に通いました! グリーン、トリッカーズ、クロケット、グレンソン更に仏、伊の当時、名前も知らない靴達、それも全て別注品の数々、衣料は英マルベリーに伊の仕立屋のスーツやジャケット、英シャツ屋の別注品,仏アンテルシャスのアウトドアウェアにセラファンのレザー等 今でも鮮明に記憶して下ります!当時は地域毎に素晴らしい店があり、勉強になりましたが、近頃は…? 管理人様のブログに集う目利きの皆様のご意見の方が店に赴くより、ずいぶんと刺激になります!昔話で失礼致しました!

愛用者様
コメントありがとうございます。

愛用者様の行きつけだったお店、今聞いても思わず私自身が訪れてみたくなるような品揃えです。愛用者様が足繁く通われたのではないかと想像します。セレクトショップが客をリードし、スタイルを提案していた時代だったのかもしれません。

最近はセレクトショップよりもこだわりや目利きの方も多いようで、そういった方々のブログはとても楽しく読ませて頂いています。

インターネットの広がりが小売業に与えた影響はとても大きいのではないでしょうか。

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